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これらの宝篋印塔は本堂の右隣にあり、佐倉藩主土井利勝の養父土井利昌、養母、正室の供養塔である。
写真左から養父、養母、正室の供養塔である。
いずれも寛永7年(1630年)に建立されているが、養父と養母の供養塔は当初三河国中之郷(現在の愛知県岡崎市)にあったものを改葬したものである。高さはおよそ250㎝。
宝篋印塔に刻まれている文字は判読できないものがある。平成4年佐倉市石造文化財調査などを参考にすると次のとおりである。
(1)養父の宝篋印塔
正面に「宝光院殿本誉見貞」、右側面に「大祥定門」、裏面に「寛永七年(1630年)」、左側面に「七月十一日」
(2)養母の宝篋印塔
正面に「玉等院殿清誉壽安」、右側面に「大禅定尼」、裏面に「寛永七年(1630年)」,左側面に「七月十一日」
(3)正室の宝篋印塔
正面に「清光院浄誉明徹大姉」、左側面に「時 寛永七(1630年)庚午天」、右側面に「九月初五日 令造塔亭」、裏面に「正歳者 元和三年(1617年)巳暦九月五日」
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